モンゴル研究会

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会報『ツェツェック ノーリン ドゴイラン ЦЭЦЭГ НУУРЫН ДУГУЙЛАН』№5

会報『ツェツェックノーリンドゴイラン』第5号では「原発」に関する芝山豊さんの文章をお届けします。 この文章は、『JP通信 』VOL.183 2013 NOV.に掲載されたものです。これは、『ツェツェックノーリンドゴイラン』№1「モンゴルに迫る核の危機 CFS構想へNoを!」、『モンゴル研究』№28の「モンゴルの核問題」に続くものです。合わせてお読みください。 また、2013年11月26日付『信濃毎日新聞』(朝刊)は特定秘密保護法案の国会審議に関連して、日本、モンゴルの核問題取り組んでいる芝山豊さん、今岡良子さんへの取材を元にした記事「特定秘密保護法案 モンゴル核問題にも影」(編集委員・増田正昭)を掲載しました。続いて、その一部を紹介します。この記事の掲載後、2013年12月6日、特定秘密保護法が成立しました。日本のこの現況に暗澹たる気持ちになりますが、たゆまず研究を深化させ、臆せず情報発信を続けていきたいと思います。


悲しみのMINEGOLIA

芝山 豊(清泉女学院大学教授)

●ある環境保護活動家の逮捕

 2013年2月、国連環境計画は世界環境デーのホスト国をモンゴルとすると発表した。地球温暖化の影響を強く受けながらも、環境保護に努力を続けるモンゴル政府の「賢明な政策」が実行に移されれば、地下埋蔵資源開発と伝統的遊牧の共存によるグリーン経済の実現を世界に示せるとの期待によるものだった(注1)。

日本のメディアは無視したが、環境のノーベル賞とも言われるゴールドマン賞のWEBサイトはこのニュースを大きく伝え、2007年にゴールドマン賞を受賞した牧民出身の環境活動家ツェー・ムンフバヤルの取り組みを再び紹介した。オンギ川域の水資源を鉱山乱開発から護る彼らの草の根環境運動は、09年「河川源流、水資源保護地域、及び森林地帯における鉱物資源探 査・利用の禁止に関する法律」(注2)として結実し、広大な国土を乱開発から救った。今日この法律は「長い名前の法律」と略称されている。

しかし、国連環境計画の期待とは裏腹に、13年9月16日、この「長い名前の法律」の改悪に反対して行動を起こしたムンフバヤルらが逮捕された。政府よりのメディアの伝えるところでは、9月16日、ウランバートル中心部、ルイ・ヴィトンなどが入る高層ビル他数ケ所で爆破予告通り爆発物が発見され、環境保護団体のデモに銃を携帯して参加していた彼らが逮捕されたという。まもなく、モンゴルの環境NGOのゴロムトは、故郷の自然と暮らし、民族の権利、大衆の利益と輝かしい未来のために命がけでの運動を続けるムンフバヤルら愛国者にテロリストの濡れ衣を着せようとしているとして、強く政権を非難する声明を出している。

事件の詳細は定かではないが、ムンフバヤルの言説には「銃をとってでも戦う」という刺激的な表現が使われることがある。暴力は否定されねばならない。ただ、深刻な環境破壊が牧民の生活を根こそぎ破壊し、失うものは命しかないというところまで、彼らを追い詰めていることも事実だ。フランスのアレバの子会社、コジェ・ゴビ社ウラン試掘現場で起きた鉱毒被害 によって、数100頭の家畜が死に、採掘現場で働いた者の中に健康被害がでているとして、ドルノゴビの牧民たちは必死の訴えを続けている(注3)。しかし、そうした牧民たちに対して、モンゴル人の一部から、海外企業から金をせびろうとしているとか、ロシアや中国の策動に加担する非国民だとかいう中傷がなされている。

●モンゴルのウラン鉱山開発とグローバル企業

 開発と共存できるはずの牧民たちの悲鳴をかき消し、環境保護法改悪に向かわせるものは何か? それは、Mine( 採鉱)とMongoliaの国名をもじってMinegoliaと称されるほどの鉱物資源開発の熱狂がもたらした17.5%の経済成長(2011年)への執着である。

鉱山開発の典型は、金と銅を主とするオヨートルゴイ鉱山。開発を手がけてきたのは、ロンドンのロスチャイルド・アンド・サンズの流れを汲むリオ・ティント社、言わずと知れた資源メジャーである。本格操業でGDPの3分の1を担うと言われるオヨートルゴイ鉱山だが雇用や利益分配率などをめぐって問題が続出している。

2012年の総選挙前、巨大な隣国中国への強い不信と反発を背景に、外資の動きを制限する外国投資法が成立した。外資側としては、先行投資を回収するだけの大きな儲けがでない、これでは11年のような高成長率は維持できませんよ、というわけで、法律の制限緩和に向けて圧力をかけることになる。13年の大統領選挙で再選を果たしたエルベクドルジと対立候補モンゴル相撲元横綱バトエルデネの対立軸は、地下埋蔵資源開発のイニシアチブをとるのが民族国家グローバル資本かという点であった。「長い名前の法律」制定の立役者の一人バトエルデネが勝てば、多国籍企業は活動しにくくなり、外資が国から出てしまうというキャンペーンがさかんに行われた。

国の豊さは、経済成長率ではなく、富の分配によって国民に実感される。モンゴルの貧困率は29.8%、腐敗認識指数はいまだ94位にある。選挙後、いよいよ、各法律が開発優先、外資優遇にむけて改悪されるのではないかと心配するモンゴル人は少なくない。

ウラン開発について言えば、ことはもっと深刻である。モンゴル国はウラン開発を国家戦略として位置づけ、他の鉱物資源とは異なる法整備を行っているからである。牧民たちの牧地に対する権利はさらに制限され、安全保障を理由に情報は開示されない。

既に、古株のロシアのほか、フランスのアレバ、中国のCNNC、カナダのデニソン・マインズなどが出資するLLCがウラン開発を行っているが、日本も、2009年7月の「原子力エネルギーとウラン資源に関する協力覚書」で産学官による原発導入に向けた人材育成と、ウラン資源開発に係るモンゴル国内投資環境の改善、情報交換、相互訪問などを決め、13年3月の「エルチ・イニシアチブ」でそれらをさらに強化した。

中国、新華社のWEB誌『中華経済』は「中日が“モンゴル資源争奪戦”」と題する記事を載せ(注4)、住友商事は設備提供などを通じてオヨートルゴイ銅・金鉱プロジェクトから大きな恩恵を受けていること、モンゴルが原子力機関を創設した09年の7月、両国首相がモンゴルのウラン鉱開発連携で合意し、同年12月、アレバがモンゴルでのウラン鉱山プロジェクトに三菱商事を招き入れ、三菱商事が地質調査費用およびウラン鉱開発費の34%を負担するかわりにウラン鉱山権益の34%を手に入れていること、また、それに先だち、08年12月、丸紅はモンゴルでウラン鉱採掘に力を入れているカナダのハーン・リソース社らとドルノド、マルダイ、ゴルバンボラグの鉱床への採算性調査を行う権利を手に入れたことなどを紹介し、モンゴルにおける日中ウラン争奪戦における「第三の隣国」日本の優位を伝えている。

記事中の3鉱床の地域こそ、11年5月に明るみに出た核廃棄物最終処分場の候補地である。11年7月、共同通信は、米大手WHを子会社に持つ東芝が5月中旬、米政府高官に書簡を送り、使用済み核燃料などの国際的な貯蔵・処分場をモンゴルに建設する計画を盛り込んだ新構想を推進するよう水面下で対米工作を進めていると報じた。東芝は書簡を送ったことを認め「モンゴルのCFS構想は、国際的な核不拡散体制の構築、および同国の経済発展に寄与できるという点で意義がある」と述べている。原発推進は核燃料サイクルなしにはあり得ず、核燃料サイクルはバックエンドの構想なしには絶対に成立しないからである。

●核燃料サイクルの中のモンゴル

 2013年5月、安倍首相がトルコへの原発輸出を明言し、7月、ロシアでIAEAの天野之弥事務局長は「フクシマ後にはチェルノブイリ後のような停滞はない」と原発への新参者を鼓舞し、東芝は欧州やアジアなどでの原発事業強化のため、英国で原発新設を進めるフランス、スペインの合弁会社を買収する方向で最終調整に入った。自国内のモンゴル族らの権利を無視してバックエンドを用意する中国、ロシアと違い、日米英仏の原発ビジネスの成否はモンゴル国の出方にかかっている。13年9月末の異例の私邸でのモンゴル大統領との会談後、安倍首相は10月末のトルコ再訪を決めた。モンゴルの大地からウランを掘り出し、世界中に原発を売り込み、燃料サイクルの中間貯蔵と称してモンゴルを核のゴミ捨て場にする計画は確実に進んでいる。

2013年9月、WEB版ワシントンポストに逮捕前のムンフバヤルとのインタビューを含む「天かけるモンゴル経済への代償」という記事が掲載された(注5)。米人記者は、アメリカ的な暮らしを真っ向から否定し、遊牧の人間らしさを説くムンフバヤルの説教に辟易の様子だが、今、われわれが知るべきなのは、抽象化された概念としてのヒト、モノ、カネの移動ではなく、彼らが語る大地を家畜とともに移動する生身の人間の生き方である。核燃料サイクルという虚妄を断つ鍵がそこにある。



(1) http://www.unep.org/newscentre/default.aspx?DocumentID =2704&ArticleID=9416
(2) Гол,мөрний урсац бүрэлдэх эх,усны сан бүхий газрын хамгаалалтын бүс,ойн сан бүхий газарт ашигт малтмал   хайх,ашиглахыг хориглох тухай хууль(LAW TO PROHIBIT MINERAL EXPLORATION AND MINING OPERATIONS AT  HEADWATERS OF RIVERS, PROTECTED ZONES OF WATER RESERVOIRS AND FORESTED AREAS) 英語でも LLN- つまり、law with long name と称されている。
(3) これについては、今岡良子「モンゴル国ドルノゴビ県におけるアレバ系コジェ・ゴビ社のウラン鉱毒事件─2013年6月15 日現 在のまとめ─」(『モンゴル研究』28号、2013年7月)に詳しく紹介されている。
(4) http://www.xinhua.jp/industry/metal/348844/
(5) Bill Donahue “Mongolia’s economy is soaring, but at what cost?” http://www.washingtonpost.com/lifestyle/ magazine/mongolias-economy-is-soaring-but-at-whatc o s t / 2 0 1 3 / 0 9 / 1 9 / 2 5 1 d b 6 8 2 - 0 9 a f - 1 1 e 3 - 9 9 4 1 - 6711ed662e71_story.html


2013年11月26日付『信濃毎日新聞』(朝刊)「特定秘密保護法案 モンゴル核問題にも影」(編集委員・増田正昭)より

「『日本の原発に密接に絡んでいるモンゴルの核エネルギー開発計画がますます闇に葬られてしまうのではないか』―。特定秘密保護法案の国会審議が大詰めを迎えるなか、日本とモンゴルの原発をめぐる問題に取り組んできた研究者らが危機感を強めている。外交に関わるモンゴルのウラン開発が特定秘密に指定され、知る権利を奪われる恐れがあるからだ。・・・東日本大震災、福島第1原発事故が起きた2011年、モンゴルに使用済み核燃料の国際的な処分場を建設する計画が日本、米国、モンゴルの政府間にあるとした日本での報道がモンゴルにも伝わり、同国内では反核・反原発運動が一気に高まった。・・・『計画が白紙に戻ったという保証はなく、モンゴル産のウラン燃料を日本に輸出した場合、再処理するという名目で使用済み核燃料をモンゴルが引き取る可能性がある』と芝山さん。『特定秘密保護法ができれば、両国政府や企業の動きを知ることはますます難しくなる』と懸念する。・・・今岡さんは以前、福島県の被災者から『モンゴル政府の動きをしっかり監視して』と励まされた。『特定秘密保護法が成立すれば、両国間の核廃棄物処理問題など重要な情報が隠されてしまう可能性が高い。暮らしと命に直結するというのに、両国民の知る権利が奪われかねない』と、廃案を強く訴えている。」

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